■ 落椿命幽し苔の上
( おちつばき いのちかそけし こけのうえ )
近辺の桜はほとんど散ってしまい、川面に浮かぶ花筏(はないかだ)もだんだんと少なくなってきた。
いつものことだが、桜の開花から散るまでは、あっという間の出来事であり、暫くは「さくらロス」状態が続く。
花が散ると言えば、この時期目立つのが椿の落花。椿の場合は、花のまま散るので、落ちるといった方が相応しく、これを「落椿(おちつばき)」という。
本日の掲句は、その落椿を、あるお寺の境内で見て詠んだ句である。
この寺には、椿の木が何本も植えてあり、朝方行くと落椿が散乱している。特に柔らかな苔の上に落ちている景は美しくもあり、憐れでもある。
「落椿」は「椿落つ」とともに春の季語。
*幽し(かそけし):光・色や音などがかすかで、今にも消えそうなさま。美的なものについて用いる。幽か(かすか)と同義。
尚、過去句を調べて見ると、以下の句を既に詠んでいた。
赤椿落ちてゆるりと苔の上
同じ場面を見ての句で、着想は掲句とほぼ同じ。ただ、仔細に見れば、着眼点は微妙に違い、当面は両方とも残しておくことにした。
因みに、「落椿」に関しては他に以下の句を詠んでいる。
【関連句】
① 椿落つ十二単を脱ぐごとく
② 咲く椿落ちし椿も真赤なり
①は、少々マニアックな句で、花を落とした後の雌蕊を見て詠んだ句である。「十二単(じゅうにひとえ)」は落ちた椿の花、脱いだのは裸の雌蕊。
②は、赤い椿が最盛期を迎えた頃の景を詠んだもの。咲いている椿も、樹下に落ちている椿も同じように真っ赤だった。
「椿」を詠んだ句では、「落椿」を詠んだものが実に多い。やはり花の形を残したまま落花するため、それに憐れさや潔さなどを強く感じるためだろう。以前にもいくつか句を掲載したことがあるが、以下にはそれ以外のものを掲載した。
【落椿の参考句】
興奮のなほ冷めやらぬ落椿 (相生垣瓜人)
落椿歩み寄る辺もなかりけり (中村汀女)
大雨の流れし跡や落椿 (星野立子)
やすらぎは貌を重ねし落椿 (長谷川秋子)
黒ずみて落椿とはもう言はず (宮津昭彦)
黒ずみて落椿とはもう言はず (宮津昭彦)