■ かの昔馬に食われし木槿咲く
( かのむかし うまにくわれし むくげさく )
木槿(むくげ)の花は、6月の終わり頃から咲きだし、今も花の勢力は衰えることなく咲いている。季語としては秋なので、句を作るのを立秋が過ぎるまで待ったが、これまで何句も作っていることもあり、新しい趣向のものがなかなかできなかった。
道のべの木槿は馬に食はれけり
松尾芭蕉41歳1684年作「野ざらし紀行」より
芭蕉がいた昔は、人を乗せた馬が普通に道を歩いていて、道の辺の木槿も食べたようだが、その木槿も今は食べられる心配もなく咲き誇っているというのが句意である。
ところで、引用の芭蕉の句は、一般的に最高傑作の一つと言われているが、その評価にはいろいろなものがある。その代表的なものとしてよく引用されるのが、山本健吉の著書「芭蕉」での評釈。それを要約すると以下のようになる。
「芭蕉は馬の上で、道ばたの白い木槿の花を目にした。段々近づいて眼前間近になって、意識外にあった馬の首が入ってきて、木槿の花を喰ってしまった。この句の面白さは、単なる写生句としてでなく、馬上の芭蕉の軽い驚きが現わされているところにある。」
その一方で、正岡子規は、俳論「芭蕉雑談」の中で酷評する。これもかなり端折って要約すると以下のようになる。
「この句は、ことさらに『木槿』が『喰はれ』と受動詞を用いたる処は、重きを木槿に置きて多少の理屈を示したるものと見るべし。これは、「出る杭は打たれる(木槿が道ばたに花を咲かせれば、馬に喰われる)」という戒めを込めた句であると考えられ、文学上最下等に位する。」
子規は、美的感覚に重きを置き、小理屈の句を月並みとして、ことさら嫌っていた。
名句には、意外と単純明快な句が多く、何でこの句が名句なのかと疑問に思われるものも結構多い。それだけに解釈も真逆になることもままある。自分としては、あまり深読みせず、今のところは山本評を支持したい。
因みに、過去に木槿を詠んだ句で比較的ましなものをいくつか以下に掲載する。
【関連句】
① 咲きて散り命をつなぐ木槿かな
② チャングムの誓いの花か紅むくげ
③ しろむくのむくのむすめやしろむくげ
①は、咲いては一日で散り、また新たに咲く木槿の生き様を詠んだ句。②は、韓流ドラマ「チャングムの誓い」に登場する紅のチョゴリにかけて詠んだ句。木槿は韓国の国花。③は、白木槿を白無垢の衣装を着た娘さんに重ねて詠んだ語呂合わせの句。
木槿は、アオイ科フヨウ属の落葉低木で、「芙蓉(ふよう)」 「ハイビスカス」などと同じ仲間。中国、インド原産で日本には奈良(もしくは平安)時代に渡来したと言われている。花期は、6月~10月と非常に長い。