■ 万緑に泳ぐ金魚か花石榴
( ばんりょくに およぐきんぎょか はなざくろ )
いつも行く図書館の駐車場の片隅に、大きな石榴(ざくろ)の木が植えてあって、今、瑞々しい若葉をバックに、赤い金魚のような花がいくつも咲いている。本日の掲句は、その様子を詠んだものである。
まず気になるのが「万緑」。これは、中村草田男の以下の句により、夏の季語として認められたと言われている。
万緑の中や吾子の歯生え初むる
*吾子(あこ):わが子
ただ、この言葉は、草田男の造語ではなく、中国の宋の時代の宰相、王安石の以下の漢詩が語源となっている。
万緑叢中紅一点
ばんりょくそうちゅうこういってん
動人春色不須多
人を動うごかす春色(しゅんしょく) 須(すべか)らく多かるべからず
人を動うごかす春色(しゅんしょく) 須(すべか)らく多かるべからず
これは、「多くの緑の葉の中にただ一つ紅い花がある。人を感動させる春景色はなにも量が多い必要はないのだ。」という意味。この句の中の「紅一点」は多くの男性の中のただ一人の女性を表す言葉としてもよく使われている。
ところで、この詩のタイトルはというと「石榴の詩」。実は、王安石は、石榴の花を見て、この漢詩を詠んだのである。確かに緑をバックにした、石榴の花の紅(赤)は映え、はっとした美しさを感じさせる。
さて、ここで話は、本日の掲句に戻るのだが、
万緑に紅一点の花石榴
とすれば、漢詩の言い換えになる。ただ、紅一点では花が一つしか咲いていないように思われるので、ここは赤(紅)い金魚に置き換えた。万緑もやや強すぎる感があり、変えようとも思ったが、それでは漢詩を引いた意味がないのでこのままにした。
因みに、石榴に関しては、蕾から花となり実になって割れるまで、いくつもの句を作ってきた。それをまとめた書庫があるので、興味のある方はご笑覧いただきたい。
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なお、「花石榴」「柘榴の花」は夏の季語だが、「石榴」「実石榴」は秋の季語。石榴は柘榴とも書く。
五月雨にぬれてやあかき花柘榴 (志太野坡)
安宿のざくろたくさん花つけた (種田山頭火)
塀内に遊ぶ雀や花ざくろ (原石鼎)
花柘榴また黒揚羽放ち居し (中村汀女)
とはにあれ柘榴の花もほほゑみも (加藤楸邨)
花柘榴また黒揚羽放ち居し (中村汀女)
とはにあれ柘榴の花もほほゑみも (加藤楸邨)